もし明日死ぬとしたら、わたしはどうするだろうか真剣に考えてみた

メンタル

こんにちは

顔も知らない親戚のお葬式でも
開始5秒で涙ぐむほど、
感情移入しやすいよめちゃんです


※この記事は誰かを侮辱したり、
否定したりしたものじゃなく
ただ素直にわたしならその時どう思うか、

どうするかを真剣に考えてみた記事です


もしも明日わたしが死ぬとしたら。



病気、余命宣告、大けが、
突然死、事故、自殺、他殺・・・



理由はなんでもいい



そうだな
明日ってわかりきるものがいいから
死ぬと悟ることができる病気、余命宣告、自殺で考えてみる



まずはじめに思い浮かぶのは
『なんで?』だと思う



なんでわたしが
なんで今
なんでなんでなんで


そして実感はわかないまま
考えはループするはず



なんで死ぬことになったか

なんで明日死ななきゃいけないのか、考える



過去を思い出し
いい思い出で涙し
明日死ぬ運命になってしまったことを
ひどく後悔する


泣いた次は怒り


なぜ自分なのか
ほかに生きている意味のない人が
死ねばいいんじゃないかなどと、悪の感情がでてくる


だれか憎い人がいたら
呪いそうなほど、怒る


そしてまた、なんでわたしがと
はじめに戻る


明日死ぬとわかった日の夜は、
怖いだろうね


独り、考えているようで
なにも考えていないような時間を過ごすと思う

そして自分に大切な人がいた場合
抱きしめていてほしい


なにもせず、ただ単に
ずっと抱きしめていてほしい


大切な人の腕の中で
また考えて泣いて・・・


寝るのすら怖くて


でも眠くなるだろうね


大好きな人に抱きしめられているから


大切な人より先に寝て
大切な人より後に起きてしまい
寝顔をみれなかったことにまた後悔する

朝、太陽がでてくるのも怖い


朝が来るってことは
自分の死ぬ時間がどんどんせまっているということ


その時の時間って
どんなふうに感じるんだろ


長く感じる?
短く感じる?



もう大好きな人と過ごす夜は来ないのだと
切なくなるね


そしてやるべきこと
やりたいことが自然とでてくる


やるべきことは



家族にどう伝えるか
数少ない友人に連絡するか
Twitterで仲良くしてくれた人たちには?
旦那にお金関係のこと教えておかなきゃ
形見として残しておいてほしい物も伝えよう



そして次は
自分のやりたかったこと


海外にいってみたかったな
旅行もっともっと行きたかった
もっと自由に生きたらよかったな



人の役に立つ人生だったかな
誰かのためになってた?


旦那はこれからどうするんだろう
他の女性と生きるのかな?
なんかやだな
わたしと一緒に年取って、
ずっと手をつないでほしかったな
旦那のおもいっきり笑ったかわいい顔が大好き
腕枕でぎゅって抱きしめられながら
寝る時が一番幸せだったな


なにげない日常を思い出し
愛しく思い
涙を流す



悔いばかり残る人生だったなと
それにも涙を流すだろう

辛い人生より死を選ぶ

偉人:アイスキュロス


ともあるが、自ら死を選ぶ勇気を
わたしは持ち合わせてはいない


ただそれほど
生きることが辛い人がいるのも、事実


そんなときわたしは
生きている実感を与えてくれるものを味わう


おいしいごはん
あったかいお風呂
どきどきする胸
旦那のぬくぬくした体温
自分の大切な人に、大切だといわれる幸せ


それでも生きているという実感が苦しい人は
もう死の覚悟ができているんだと思う

心が整理された物にとって、
死は次なる大いなる冒険にすぎないのじゃ

ハリーポッター(ダンブルドア)



わたしの大好きなハリーポッター


明日後悔しないように!!
生きたかった誰かの明日を生きよう!!
なんて言われても
はいはい、わかってますよって感じだと思う


この言葉は
実際に死に近づいたり、触れたりしないと
本当の意味はわからない


大切な相手、家族、友人などに死がこないと
死というものは実感しづらい


わたしは一番身近な父の死に
触れたことがあるので
実感の記憶はある


それも何年もたてば
薄れていく

人ってそんなもんだと思う


生きている人、残された人は
アップデートしていくから
仕方ないのかも



どれひとつ欠けることなく
鮮明に思い出すこともできるけど
毎日どんなときでも
死を実感するということはない



でも、死は特別でもなんでもなく
常に死神が背中にいるもの


トンネルの先に必ず出口があるように
『生』の先にはかならず『死』がある



そう感じながら
旦那に抱きしめられる幸福感と
後悔に心がいっぱいになり
私の命はそのとき終わる



ーーーーーーーーー


こうやって死について考えたことありますか?



わたしには認知症の祖母がいます



認知症で自分の誕生日すら忘れ、
今日が何日だったかもわからず
ずっとソファーに座り
編み物をほどいては編んで
ほどいては編んでを繰り返しています


そんな祖母をみていると
人は死ぬことが決まっているのに
なんで産まれてくるんだろうと考えてしまいます


でもその答えは多分、誰も解答できない


死についても誰も答えられない


永遠の疑問であり
永遠に解答はないと思っています


それでも産まれ、生きて
死ぬことは決まっている


そんなふうに思いながら
わたしはたまにこうやって
死について考え
いつもと変わらない日常をすごし
落ち込んだりハッピーになったりと繰り返し
淡々と毎日を愛おしく
ときには雑に生きていくんだろうと再確認する


あなたなら、どうしますか?

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プロフィール
ラーメン屋の嫁ちゃん

【旦那×らーめん×下ネタ=よめちゃん】▶経験談、リアル飲食店の実情を発信▶ひとりの力で稼ぎたい!と心に決め、奮闘中●旦那大好き●本・映画・筋トレ・食べること・北海道大好き

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